ライフのコツ
2014.03.05
「アート」に触れることで育つチカラ
親子で美術館デビューしよう!楽しみ方とポイント
よく「こどものうちから本物に触れるといい」と耳にするが、「“本物”ってなんだろう?」「アート分野なら美術館に行けばいいの?」でも、「こどもに絵を見せても、わからなくて飽きてしまうのでは」など疑問や心配は尽きない。保護者自身が、美術って難しい・・・と及び腰になっているケースもあるようだ。だが実は、素直な感性を持つこどもたちは、アートを楽しむことが得意で、アートに触れることで伸ばせる感覚や能力もたくさんあるという。学芸員として、こどもたちの美術館デビューを応援するプログラムに携わり、ご自身も6歳のこどもの母親である稲庭彩和子さんに、美術館での楽しみ方についてアドバイスを伺った。
- 本物に触れることで、自分の「好きの感覚」がわかる
- 「アートというのは、とても懐の深いもの。アート鑑賞には、1+1=2のように決まった答がありません、世界に一人しかいない"私"の感じ方がある。鑑賞の力は「私がどう感じるか」という個別の感覚をどうやって育てるか、ということが大切になります。自分の感情が動いたものについて、誰かに伝える機会というのは、社会で生活するうえで、実はそう多くはありません。ですが、こどもの成長にとって欠かせないものなんです。
例えば、何かアート作品を見た時に、ビックリしたり、違和感があったり、いいなぁと思ったり、言葉にはできない感情が起こるわけですが、その気持ちを受け止めて耳を傾けてくれる誰かがそばにいると、その気持ちに蓋をしないで表現する機会が生まれ、自分は一体何が好きなのか言葉にしてみて初めて気がつくことになります。
自分の感じ方を誰かと共有することは、その子にとって自信となり、また自分を肯定することにつながるんです。
これは、アートについての能力というよりも、自尊感情を育てる事につながります。自分が何を好きなのか、何に違和感を感じるのかを知ることは、例えば将来進路を選択するときなど、何かを選び取るときにも活きてきます。 素直な感性を持っているうちに、"本物"にいい形で出会うことは、こどもにとって大きなチカラになるのです」。
とは言え、こどもと美術鑑賞を楽しもうと思っても、何をしていいかわからないと悩む方も多いだろう。そんな時に強力な味方となるのが、絵本の存在だ。たとえば『名画であそぶあそびじゅつ!』という、絵の中に隠れているものを探していく絵本は、アートに苦手意識を持っている大人もいっしょに楽しみやすいと言う。
「アートの入り口としておすすめのひとつは絵本です。本物のアートに出会う準備としては、こどものために描かれた絵の本だけでなく、美術館に展示されているような、大人が本気で社会に向けて描いた美術作品が掲載されているようなアート絵本が役に立つかもしれません。キャラクターのような絵が書かれているこども向けのものだけを見て育つと、アート作品を見た時に『これは私のものじゃない』と感じて、はじめから拒否してしまうこともあるので、視覚経験の幅を広げるためにも、いろんなものを見せてあげてください。
絵本だけでなく、もちろん自然の素晴らしい風景を見て心が思わず動いたとき、その気持ちをこどもと話してみる事なども鑑賞の力につながるはずです。運動の能力が運動の経験量によって変化するように、私たちの視覚情報を理解する能力は、実は視覚の経験値によって変化していきます。視覚経験の幅が広くなれば、今視覚で捉えている情報を自分のそれまでの経験値と結びつける力が高まり、鑑賞の力が伸びるのです」。
また、絵を見て話す行為は、言語活動を豊かにするという。 - 「アメリカやイギリスでは、英語が母語でないこどもたちの英語の発達のために、絵を使って対話をする鑑賞のワークショップ等が行われています。アート作品を介することで自然と言葉が出やすくなることが実証されています。ただ、その時にはそばにいる大人がちょうどいい声がけをすることが大切なポイントです」と稲庭さん。「絵の中に入って一緒に散歩してみよう」とか「コビトになって絵の中に入っていくよ、どんなものが見える?」とか「なにが起こっているのかな?」など、こどもの目線に立って質問をする。そうすることでこどもの心は絵の中にトリップして言葉を発し、会話が生まれるのだとか。
そこで気になるのが、どんな絵を見せるべきか。質問をしてみた。 - こどもは、カラフルで派手なものが好き?
- 「こどもは色がたくさんあってわかりやすいものが好き、と思いがちですが、意外と何が描かれているのかわからない暗い色合いや、抽象画のようなものにも興味を示します。いろんなものに見えて不思議な感じがしたり、想像が広がったりして楽しいのでしょうね。大人が思いつかないような発想も出てきます。むしろ絵に入り込めないのは、苦手意識を持ってしまっている親御さんの方かもしれません。既成概念を捨てて、こどもと同じ目線になって絵を見てみると楽しくなりますよ」。
どうやら、こどもは大人が思う以上に、素直に絵を感じる力を持っているようである。
それでは実際に美術館へ行くときに気をつけるべきポイントや鑑賞の仕方を聞いてみた。 - 美術館デビュー・行く前編
- ■ポイント1:こども観覧無料の常設展から、行ってみよう。
「最近は美術館の対応も変化しつつあり、こどもが楽しめるプログラムやジュニアガイドが用意されていたりと、お子さんと一緒に楽しめる要素も増えて来ています。常設展なら、たいてい小学校卒業まで、時には中学卒業まで無料です。常設展は、企画展ほど混雑もしていないので、ゆっくり作品を見ながら気に入る絵を見つけたりできるので、美術館デビューにぴったりですよ」。
■ポイント2:デビューの目安は「30分集中できる」こと。
「実際に美術館へ足を運ぶのは、年齢では、大体4歳ぐらいから、目安は「30分間物事に集中できる」ようになってから。そこから小学4年生くらいまでは、素直に物事を感じ反応できる年齢です。この頃に美術館に何度か出かけられるといいですね」。現代アートなどの比較的明るい展示室のほうが、こどもが怖がらずのびのび鑑賞できます。
■ポイント3:「美術館に連れて行かれる」状態ではなく、「美術館に一緒に行きたい!」という状態に事前にしておくことが重要。
「美術館に出かける前に、たとえば、好きな動物や、よく見るアニメに出てくるモチーフなど、こどもにとって身近なものからこれから見に行く作品とつながる話をしておくのも有効です。私のこどもの例ですが、ポケモンでボルトロスとトルネロスというのが出てくるのですが『風神・雷神』にそっくりで、その本物を見に行こうよ、と誘ったら、こどもは行きたい!となりました。初めて美術館へ行った経験が『連れていかれた』ではなく、行きたくて行ったという思い出になれば、その子のその後の人生において、美術館へ行くことが自分を豊かにする手持ちカードのひとつになるんじゃないかなと思います」。
■ポイント4:行く前に、身体的欲求を満たしておく。
「『お腹がすいた、眠い』などの身体的欲求が満ち足りていない状態は避け、ベストコンディショ ンで行きましょう。そうでないと集中できず、気が散ってしまいます」。
■ポイント5:情報の与え方や与える順番が大切。
情報があふれる今の時代、事前に知識があった方がよいと考えがちだが、既成の情報を与えすぎることで想像の余地をせばめたり、まっさらな目で眺める邪魔をしたりすることもあるという。「画家の情報や絵の背景や時代を教えてあげるのは、絵をじっくり見て、感じて、こどもが本当にそのことを知りたくなってからでいい」と稲庭さんは言う。 - いざ、美術館へ!親子で楽しむ3つのポイント
- ■ポイント1:「好きな絵」を見つけ出す声がけを。
「展示室で作品を端からひとつひとつ丁寧に見ていく必要はありません。それより、その子の心が動くものをひとつかふたつ一緒に探しましょう。たとえば『ひとつだけ家に持って帰れるとしたら、どれがいい?』と聞いてみる。 そうやってこどもが選んだものには、無意識に思えても何かしら必ず理由があるんですね。『色が好き・面白い形があった・楽しそうに見えた』など。その"無意識を意識化していく"作業も、こどもにとって大事な体験になります」。
■ポイント2:「なんか変だね」でもいい。絵を見て話をしよう。
「美術館ではもちろんマナーを守ることは必要ですが、押し黙って静かにしなければいけないところではありません。『いつもの半分の声の大きさで話そうね』などとマナーを伝え、絵を見て『この人は何しているんだろうね?』とか、『なんか変だね』とか、お母さんが感じたままのことを素直に言葉にしてこどもと話をしてみてください。お母さんの飾らない言葉を聞いて、こどもは正しい答えがある訳ではなくて、思った事を素直に言っていいのだと思うようになります。こどもは興味を持てば15分でも30分でもひとつの絵を眺めています。そして、大人が本気でつくったものというのは強いエネルギーのようなものを持っていますから、人の気持ちを引き出す力もとても強い。うちの子は興味を持たないのでは?と心配するより、まずは絵の前に立ち、話をしてみることです」。
■ポイント3:ツールも使って自由に楽しむ。
「東京都美術館では、中学生までの方は誰でも磁気式のメモボードを借りることができます。砂鉄がペンの先に集まって書いたり消したりできるツールです。こうしたツールを使って気になる絵をスケッチしていいというプログラムをしてみたところ好評だったので、それからは特別展では必ず貸し出しを行ってきました。たまにお客様から苦情も来ますが、苦情は大人同士のマナーについてもたくさん来ますので、こどもだから苦情が多いという訳ではありません。大人もこどももお互い譲り合いながらアートを楽しむ環境を作りたいですよね。」。 -
- 人づくりは、アートの得意分野
- そうして美術館で過ごした後は、絵ハガキや画集を買って眺めたり、「今日はこんな絵を見たね」と思い出話をしたりするといいそうだ。感じたままを語り合う体験は、「同じものを見ても、みんな感じ方も意見も違う」ことをと知る機会となり、多様な意見を受け止める社会性を高めたりすることにつながる。
稲庭さんいわく人づくりは、アートの得意分野なのだ。美術館は、思いのほか自由に過ごすことが許されている場。「敷居が高い」という思い込みを捨てれば、親子にとって楽しいお出かけスポットになり得る。
しかし、エリアによっては美術館へ足が運びにくい場合がある。そんな時には、アートに触れることをあきらめるしかないのだろうか。 - 印刷物で楽しむのも、ひとつの手
- 「アートブックやアートカードと呼ばれるような印刷物で楽しんではいかがでしょうか。例えばお母さんが好きなポストカードを集めて、そこからこどもが好きな5枚を自分で選んで、自宅でリビング美術館とか、トイレ美術館をつくるとか、そんな簡単な事にでもいいと思います。こどもが自分で選ぶ事も大切ですよね。常日頃から色々な作品を目にすることで、いつの間にかじっくり見ることになります。将来どこかで『この絵、知ってる!』という体験があれば、それだけで、アートに親しみを覚えることにつながります」。
最後に、美術館デビューを考える親子に向けてメッセージをお願いしたところ、稲庭さんから「美術館は、こどもwelcomeです!」と、力強い言葉と笑顔が返ってきた。 - こどもwelcome!
- 「こども連れは迷惑がかかるのでは?と心配される方も多いようですが、美術館は社会教育施設として運営されていて、本来誰でもが利用してよい場所です。小さいこども達は、美術館でマナーを守る社会性(展示作品には触らないで大切にする、走らない、話す時は小さめの声で...)を学びながら、ぜひどんどん活用してください。東京都美術館の場合、特別展も中学卒業まで無料なんですよ。美術館は、古今東西の作品が集まり、たくさんの人々の思いとエネルギーか集まるパワースポット。
美術館には、こどもの頃から訪れることで得られるものがたくさんあります。そして、名画と呼ばれるものは、美術の専門家だけが決めたものではなく"どれだけの人が心をゆさぶられたかで決まる"もの。美術鑑賞することは、将来の"名画づくり"ひいては"文化づくり"に参加することでもあるんです。ぜひ親子いっしょに美術館へお越しください!」 - 稲庭さんおすすめのアートを感じる絵本
- ●ミュージアムがどんなところかわかる本
『ペネロペ ルーヴルびじゅつかんにいく』
『うさこちゃん びじゅつかんへいく』
『キュッパのはくぶつかん』
●絵本
『名画であそぶあそびじゅつ!』
『名画であそぶあそびじゅつ!―いろんなれきしのものがたり』
『こどもと絵で話そう ミッフィーとフェルメールさん』
『うごく浮世絵!? (びじゅつのゆうえんち)』
『ケイティと星月夜 (ケイティのふしぎ美術館)』
『こどものためのアートブック』
『こどものためのアートブック〈その2〉』
*ケイティのふしぎ美術館シリーズは他にもあります。(稲庭さん)
●アートカード
『豊かな感性を育む芸術カード 七田式「名画カード」』
『名画カード 海外編 1』
『名画カード 海外編 2』
『名画カード 日本編』
『国立美術館 鑑賞教材「アートカード・セット」』
『神奈川県立近代美術館 Museum Box 「宝箱」』
*アートカードは、ミュージアムショップ等で購入できるはがきでも代用できます。 (稲庭さん)
- 関連情報
- ●美術館に関する情報収集おすすめサイトはこちら
「Museum Startあいうえの」 こちら
●ミュージアムデビューを応援する「Museum Start あいうえの」平成26年度はじまりますこちら
- 安心してゆっくりと美術鑑賞や博物館めぐりを楽しんで >
●「とびらプロジェクト」 こちら
東京都美術館×東京藝術大学による、美術館を拠点にしたアート・プロジェクト。一般市民から公募したアート・コミュニケータ「とびラー」約150名が、こんな美術館が私たちの社会にあったらいいな!とたくさんの対話を重ねながら実現すべく活動をしています。こどもも参加できるプログラムも開催中。
●パパママデー こちら
託児サービスがはじまります。安心してゆっくりと美術鑑賞や博物館めぐりを楽しんでください。
稲庭 彩和子氏
東京都美術館学芸員。アート・コミュニケーション担当係長。東京国立博物館に非常勤勤務の後、神奈川県の助成を得て大英博物館にて2年間職業研修。帰国後、神奈川県立近代美術館に勤務。2011年より現職。東京藝術大学と連携し、美術館を拠点に新たなコミュニケーションを生み出すことを目指した「とびらプロジェクト」や、上野公園の9つの文化施設を連携し、こどもたちのミュージアム・デビューを応援する「Museum Startあいうえの」のなどの企画運営に携わる。共著に『100人で語る美術館の未来』(慶応義塾大学出版会)など。
文/田中社 田中青佳 撮影/石河正武