ライフのコツ

2017.08.24

「小1プロブレム」はもう怖くない!

世界の学び/カナダの幼少一貫教育

世界の教育情報第14回目はカナダからのレポートです。もし、幼稚園のときの先生が、また小学校の担任の先生になるとしたら? 日本ではあまり馴染みがありませんが、実は、全国の公立学校で幼小一貫教育が導入されているカナダでは珍しいことではありません。幼稚園から小学校へ、急な学習環境の変化に伴うこどものストレスや親の不安と向き合い、よりスムーズな移行を目指して始まったこの制度。実は、日本でも問題になっている「小1プロブレム」(※)の解決策としても有効であるといわれています。今回は、カナダの幼少一貫教育の現場から、その実態と具体的なメリットをお伝えします。
※小学校に入学したばかりのこどもが学校生活に適応できず、授業がすすまない状態を引き起こす問題行動全般。

幼少一貫教育とは?
学年を越えた学びへの取り組み
朝9時、始業のベルが鳴り、学校のドアが開くと、校庭にいるこどもたちがいっせいに校舎内に入っていきます。カナダでは、義務教育機関の管轄は各州に任されており、ここオンタリオ州の初等教育は、幼稚園の2年間と小学校の8年間の計10年間。日本でいうところの年中から中学2年生の年齢に当たる4歳から13歳の児童・生徒たちが同じ校舎で学んでいます。そして、幼稚園児(4・5歳)も、小学校8年生(13歳)と同じように朝9時から午後3時頃まで学校で過ごし、全校集会やマラソン大会といったさまざまな学校行事に参加します。
この、幼小一貫校の大きな特徴は2つあります。1つは、担任の先生が幼稚園と小学校の枠を越えて、教えることができることです。もう1つは生徒たちが年齢の枠を超えて学習する機会が多いことです。
カナダでは、幼稚園の先生になるために、大学で初等教育の免許を取得しなければなりませんが、その免許があれば幼稚園から小学6年生までを教えることができます。そのため、幼稚園でお世話になった先生が、小学校で担任の先生になるということも珍しくありません。また、幼稚園と小学校で一つの学校の形をとっているため、校長先生も一人しかおらず、社会・理科・音楽・体育などの専科の先生も幼稚園と小学校の両方で教えています。
また、幼稚クラスは、ジュニア(年中)とシニア(年長)が半々で編成されていたり、幼稚クラスの児童が小学4年生(9歳)の教室に出向いて、読み書きを教えてもらったり、工作を一緒にしたりする授業が週1回あるなど、異年齢での学び合いの機会が当り前のようにあります。その他にも、4年生から8年生(9歳~13歳)の生徒が幼稚クラスの世話係となって、昼食時、学校行事、通学バスの乗り降りなどを助けるなど、学校全体で児童をサポートするシステムが確立されています。
幼小一貫教育のねらいとメリット
カナダで幼小一貫教育が導入された背景には、学習環境の変化によって生じるこどもの精神的負担を減らそうというねらいがありました。特に幼稚園児の、小学校で必要な学習態度や集団行動の習得が大きな課題でした。そのため、幼稚園児も小学生と同じスケジュールで一日を過ごし、学校行事にも参加することで、小学校の生活リズムが無理なく身につく環境を整えていったのです。
隣の教室の1年生、読み書きを教えてくれる4年生、昼食係の7年生など、さまざまな学年の生徒と日々触れ合うことで、小学校は未知の世界ではなく、自分も数年後に仲間入りする身近な場所になっていきます。
また、幼小一貫教育の導入によって、より系統立てた学習ができるようになったことも大きなメリットだといえます。幼稚クラスの先生が小学校6年生までの授業内容を熟知していることで、小学校で必要となる語彙力や数字の概念を念頭に、幼稚クラス運営を行うことができます。さらに、幼稚クラスにも社会・理科・体育といった科目単位の授業があり、時間割の感覚もこの時期に養われます。
このように小学校のカリキュラムと連動した幼児教育は、小学校とのギャップをなくすだけでなく、その後の学力の向上にもつながっているといわれています。
幼小一貫校では、先生が一人ひとりのこどもとかかわる期間が長いため、先生との信頼関係が築きやすいこともメリットです。例えば、兄弟姉妹がいる場合、上の子の担任だった先生が、次の年には下の子の担任になるように配慮がなされます。これは、先生がこどもの保護者や家庭環境についてすでに知っていることで、その知識を活かした接し方ができると考えられているからです。少しびっくりするかもしれませんが、新学期が始まる前には、保護者側から、自分がよく知っている先生に自分のこどもの担任になってもらうように、学校にリクエストすることもできるのです。
小学校生活で必要なスキルは
「遊び」を通して育む
このように、場所・人・ルールといった外面的な変化から生じる不安やストレスを学校全体で軽減する取り組みがなされる一方、幼児の内面的な成長を促し、新しい環境への適応力を高めるための教育にも力が注がれています。特に、社交性・自己肯定感・問題解決能力といったスキルを幼稚園で習得した児童ほど、小学校への移行がよりスムーズに行くといわれています。
オンタリオ州政府の教育方針にも「遊びを通じた学び」が明記されているように、これらのスキルの習得には「遊び」が重要な役割を担っています。例えば、幼稚園の教室にはドラマプレイと呼ばれる「ごっこ遊び」のコーナーがありますが、この遊びは他人の立場を疑似体験することで、自分の感情や行動を抑制する訓練になるといわれ、積極的に授業に組み込まれています。また、「ごっこ遊び」では、普段使わない言葉や言い回しを使う必要がでてくるため、語彙力の増加にもつながり、特に、お店屋さんごっこなどは、数字の概念の習得に最適だといわれています。
遊びが幼児期の学びに不可欠であるという認識は放課後の過ごし方にも共通しており、娘の担任の先生が「教育熱心な保護者には放課後には勉強させないでくださいとお願いしてるんです」とおっしゃっていたことが印象に残っています。
そして、「遊びを通じた学び」の延長にあるのが「探究型学習」です。「探究型学習」とは、先生がこどもたちの日々の会話や行動を観察し、こどもたち自身が面白いと思っていることや疑問に思っていることを学習テーマとして取り上げていく学習法です。担任の先生からは「最近、こどもたちはサメに興味を持っているようです。これから1ヶ月間はサメについて勉強します」といったお知らせのメールがたびたび送られてきます。こどもたちが自らの疑問に自ら答えていく「探究型学習」、学ぶことの楽しさだけでなく、学びに対する主体性が育つと重要視されています。
いま家庭でできることは?
日本においても問題がクローズアップされつつある「小1プロブレム」。小学校入学後、自分のこどもは新しい学校でうまくやっていけるのだろうかと不安に感じている方も多いかもしれません。このような時、まずはお子さんが興味をもった遊びにじっくりと寄り添い、コミュニケーションを図ることから始めてみてはどうでしょうか? お子さんの素朴な疑問について一緒に調べてみることもできるかもしれません。また、幼稚園の間に近所の小学生とふれあえる地域の集まりに参加するのもいいかもしれません。小1プロブレムには、少子化、核家族化、地域社会との断絶などからくるコミュニケーション不足も大きく関わっているといわれています。まずは家庭から、そして、地域とつながっていくコミュニケーションの輪をひろげていくことが小1プロブレム対策として身近に実践できる取組みの1つとなるかもしれません。

メープル

グローバルママ研究所リサーチャー。2000年よりカナダで暮らす。カナダで大学の研究員や日本語教師として勤務後、現在主婦。家族はカナダ人の夫と5歳と8歳の娘二人。


グローバルママ研究所

世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。