組織の力
2019.06.10
はるやまホールディングスにみる従業員満足度アップの成功施策〈前編〉
退職者ヒアリングで真の離職理由をあぶり出す
「いかに従業員の離職を防ぐか」は、近年、労働力不足が深刻化する日本企業において重要なテーマである。アパレル業界の老舗企業である株式会社はるやまホールディングスでは、退職を申し出た従業員にヒアリングを行って本音を聞き出し、離職理由を解決することで退職をくいとめたり、浮かび上がった課題をもとに制度設計や企業体質改善を行ったりしている。社長室で店舗支援を担当する竹内愛二朗氏は、「退職の理由を聞かれた多くの人は、『一身上の都合』という表現を使います。でも、その先にある真の理由を探ることで、従業員満足につながる施策のきっかけがつかめます」と語る。「退職者ヒアリング」を始めるまでの経緯や具体的なノウハウ、ヒアリングによって改善したことなどをお聞きした。
制度変更や異動によって
退職者を減らせる可能性も
株式会社はるやまホールディングスが『退職者ヒアリング』を開始したのは2013年。ヒアリングを始めた経緯について、竹内氏は次のように語る。
「当社にはもともと、退職希望者と上司が面談を行う制度があり、上司は『退職者報告』という面談シートにもとづいて話を聞いていましたが、形式的なもので終わりがちで、真の退職理由を拾いきれていませんでした。ただ、会話が進むうちに、退職希望理由として、例えば『営業ではなく経理の仕事がしたいから』といった内容も挙がってきたそうです。この話を聞いて、制度変更や異動を実施すれば退職せずに済むケースもあるのではないか、と感じたので、今までよりさらに退職理由を深堀できればと考え、『退職者ヒアリング』を行うことにしたのです」
2013年当時の離職率は約13%で、アパレル業界の平均といわれる14%よりは下回っていた。しかし、スキルのある従業員が辞めてしまうのは同社にとって大きな損失であった。
「多くの退職希望者が理由として挙げる『一身上の都合』の奥にある真の理由をまずは知ることで、退職をくいとめる手立てが見つかるかもしれないと考えました」
社員が率直に本音を伝える企業風土が
ヒアリング実施を後押しした
竹内氏が退職者ヒアリングのアイデアを思いついた背景には、同社ならではの企業風土があったという。
「当社ではもともと、社長自らが従業員の声を積極的に聴こうとする姿勢を貫いていることもあり、社員が率直に意見を言える雰囲気があります。当社では一人ひとりの現状を知るために、家庭や仕事の状況や目標を『身上書』として毎年、全社員に提出してもらっています。この身上書に『会社への提言』という欄があるのですが、多くの社員が、給与・賞与への不満など従業員の立場では言いにくいと思われる内容も率直に書いてきます。そこで、退職者に対してもじっくりヒアリングをすれば本音をすくいあげることができるのでは、と思ったのです」
既存の制度を見直して
給与への不満と転勤への不安に対応
退職者ヒアリングを開始してしばらくすると、ほとんどの社員が挙げる退職理由として「転職」「給与への不満」「転勤に対する不安」の3つが浮かび上がってきた。竹内氏は、「給与と転勤に関しては、制度変更によって解決できると考え、さらにヒアリングを進めた」と語る。
まず「給与への不満」に関して、さらに突き詰めると「管理職昇進は希望しないが、給与が上がらないのは不満」という声が多いとわかった。そこで、販売専門職としてキャリアアップを目指す『スペシャリストコース』を新設し、販売額などで一定の基準を満たす社員には店長やマネージャーと同水準の給与を支給する仕組みをつくった。
また、「転勤への不安」という課題については、従来から同社で行われていた地域限定勤務の一般職『地域限定コース』という制度を見直した。
「総合職は全国どこにでも転勤の可能性があるけれど、自分が働く地域を選べる地域限定の総合職なら転勤への不安は解消されるだろうと、社長や役員は考えていました。しかし、問題はそれほど単純ではありませんでした。地域限定といっても、その範囲には隣接の都道府県も含まれているため、必ずしも希望する場所で働けるとは限らないのです。もっと社員が自分の勤務したい場所を柔軟に選べる制度が必要だと気づきました」
そこで同社では、従来の一般職『地域限定コース』を見直し、全国の中から働きたい場所として4都道府県を選べる制度、総合職『地方限定コース』を導入した。例えば大都市でしか働きたくない社員は「東京・大阪・名古屋・福岡」といった選び方ができるし、学生時代を過ごした地域や実家のある都道府県を選択することもできる。柔軟な選択を可能にすることで、「希望しない場所に転勤しなければならないかもしれない」という社員の不安が解消されるわけだ。
店舗ごとの人間関係は
役員自らが現場に出向いてヒアリング
さらに竹内氏らが注目したのが、「人間関係」という回答だ。特に、同じ店舗から2人以上が人間関係を理由に退職を申し出てきた場合は、「その店で何か問題が起こっている可能性が高い」という。このような場合は、役員がすぐその店に出向き、従業員全員にヒアリングを行って原因を特定する。
「例えばこうしたケースでは、新任の店長とスタッフとの間に何らかの不協和音が起こっている事例がよくみられます。その場合は話し合いの場を設け、人間関係の修復がどうしても難しければ異動を行ったりして、退職の要因を取り除いていきます」
株式会社はるやまホールディングス
1974年に岡山県で創業。スーツ業界屈指の衣料品チェーン店として創業理念である「より良いものをより安く」を実践し、郊外型スーツ専門店「はるやま」をはじめ全国に500店超を展開する。2013年から実施している「退職者ヒアリング」の取り組みが評価され、リクナビNEXT主催の「2018 GOOD ACTIONアワード」などを受賞。経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選」の選定を受けている。