レポート
2020.06.03
企業におけるダイバーシティの理想の未来~ダイバーシティの臨界点~
組織変革のためのダイバーシティ(OTD)普及協会 アニュアル・カンファレンスレポート
5月12日、設立1周年を迎えた一般社団法人 組織変革のためのダイバーシティ(OTD)普及協会が、アニュアル・カンファレンスをオンラインで開催した。テーマは「企業におけるダイバーシティの理想の未来 ~ダイバーシティの臨界点~」。
OTD普及協会運営委員・東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任助教の飯野由里子氏のモデレートのもと、第1部ではダイバーシティに関わる団体の代表者5名のパネリストが発表し、第2部では「新型コロナウィルス流行の長期化を受けて多様性がこれまで以上に必要とされるか? 」について、のべ160社/団体の参加者がグループディスカッションを行った。第1部の様子を中心にレポートする。
「組織の利益に貢献できない人を
雇用する必要はない」は正しいか?
第1部パネリスト5名
NPO法人ファザーリング・ジャパンファウンダー代表理事の安藤哲也氏
MASHING UPコンテンツプロデューサーの中村寛子氏
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役 人事総務本部長の島田由香氏
一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣氏
東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター准教授の星加良司氏
冒頭では、今回のテーマである「ダイバーシティの臨界点」について、モデレーターの飯野氏が解説した。
飯野:「ダイバーシティの臨界点とは、ダイバーシティがこれ以上到達できない地点、これ以上になると目的や中身が変わって意味がなくなるという地点を指します」
「哲学や倫理学の領域では、差別主義的な考え方も多様性の一つとして認めるべきか、差別主義には何を含むのか、という議論があります」
「前者については、差別主義は多様性の基盤を損ねるものであり認めるべきではない、後者については、社会規範や文化的価値、場や集団の目的によって異なる、というのが一般的に支持されているスタンスです。これを前提とし、今回は次の2点を問いとして設定しています」
■「能力が低く、組織の利益に貢献できない人 (利益を損なう人)まで雇用する必要はない」というとき、私たちは「同じ臨界点」を共有しているか?
■「コロナ禍」により企業組織に迫られている変化とは?
飯野:「能力による排除というのは、多様な人々により構成される市民社会では許容されませんが、利益を優先する企業・組織では差別主義とは捉えられず、正当化されてきました。しかし、能力や利益、貢献の捉え方によって、企業・組織に必要な人の定義は変わります。つまり、優先する目的をどこに置くのか、どういう時間軸で、どういう立場で見るのかによって、臨界点も変わってくるのではないでしょうか」
「また、今、世界中が直面しているコロナ禍においては、目先の利益を追求することではなく、大きく長い視点を持ち持続可能性を追求することが企業・組織に求められています。そのような状況のなかで、企業・組織のダイバーシティの臨界点はどう変化しているか、変化していくのか、皆さんと解き明かしていきたいと思います」
続いて、5名のパネリストが順に登壇し、発表を行った。パネリストには、事前に次の3つの問いが投げかけられた。
① 一般的な日本企業では、ダイバーシティの臨界点がどのあたりに設けられていると感じているか? あるいは、どのようなときに(場面で)ダイバーシティの臨界点を感じるか?
② その臨界点は、どのような理屈で(誰によって)正当化されていると考えているか?
③ あなた(あなたの所属団体)は、そうした理屈にどう向き合っているか? あるいは、それをどう覆そう(変化させよう)としているか?
ダイバーシティの臨界点を正当化する理屈は?
それにどう向き合い、どう覆そうとしているか?
1人目の登壇者は、NPO法人ファザーリング・ジャパンファウンダー・代表理事の安藤氏。
父親として育児に携わるなかで感じてきたことや、それをきっかけに始めた活動について発表した。
「23年前に父親になった際に直面したのが、男性の育児参加のハードルの高さでした。今でいう"イクメン"だったわけですが、保育園に送って少し遅れたり子どもの発熱で早退したりすると、上司に嫌味を言われて居心地が悪くて。人事評価が下がるのではないかという不安も感じていました」
「まさに、私が感じたダイバーシティの臨界点がそこです。これを突破したいというのが、NPO法人ファザーリング・ジャパンの立ち上げの原動力になりました」
この臨界点の背景にあるのは「女性は結婚・出産を経て子育てをする、男性は外で働くものだという旧来の価値観や社会的通念」とし、これを変えていくために行ってきた活動として、父親向けセミナーの開催、企業向けの啓発として「イクボス企業同盟」や男性の育児休暇取得の推進、パタニティ・ハラスメントの防止などのファザーリング・ジャパンの取り組みを紹介した。さらに安藤氏は、次のように述べた。
「最近は省庁の大臣や行政のトップが育休を取るケースも出ていて、男性の育休取得には追い風が吹き、育休を取りたいという男性は確実に増えています」
「一方で、取りたいが無理だろうとあきらめてしまうケースも少なくありません。上司の理解がない、昇進昇級に悪影響がある、同僚の理解が得られない、男性は育休を取得するべきではないという雰囲気がある...というのがその理由です」
「男性の育休取得や育児参加に肯定的な企業や組織は増えつつありますが、昭和時代の価値観のままバージョンアップしていないところも少なくありません。
今後も男性の育休取得や育児参加のメリットを伝え、個人、組織、そして社会全体の"臨界点"を高めていくことに努めていきたいと思います」
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2人目の登壇者は、中村氏。
「女性からはじめるダイバーシティ」をコンセプトに、ダイバーシティ推進カンファレンス「MASHING UP」などを展開している中村氏は、ダイバーシティの臨界点について、カンファレンスの参加者らから寄せられたコメントを紹介しながら次のように述べた。
「『(会社から)女性活用は古い、今はLGBTに興味があると言われた。なぜそこにカテゴリーをつけるのか』『本業に身が入らなくなるから、ダイバーシティ推進系の有志の集まりには参加しないよう言われた』『ダイバーシティ推進の提案をしたら嫌がられた。当事者ではないと言われた』...こうした声は、私たちが直面している臨界点を表していると思います」
さらに、企業・組織の現状と課題解決に向けたアプローチについて、企業・組織をスマートフォンに例えながら次のように述べた。
「ダイバーシティ推進チームや有志により新しいアプリは生まれているものの、企業のOSが更新されていないため、アプリがうまく作動していない状態です。個人にも自分は当事者ではないという意識があります」
「みんなダイバーシティ推進が大事だということはわかっていますが、利益を生むとは思えない、当事者ではないからメリットがわからない...というのが多くの企業・組織の実情です」
「ダイバーシティの推進にはコストも時間もかかりますが、私たちは、その先に面白くてたまらない多様性があることを伝えようと努めています」
「これまでは個人にフォーカスしてきましたが、今後は組織にもアプローチしていきたいと考えており、具体的には、人事システムや福利厚生、働き方など組織のOSの更新、ダイバーシティ推進から生まれる新しいビジネスモデルのヒントの提供、個人をエンパワメントしてソーシャル・インクルージョンについて考えてもらう機会の提供などに努めていきたいと考えています」