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インクルーシブデザインとは?より多様な人々を魅了するデザインのあり方
知っておきたいトレンドワード10:インクルーシブデザイン
より多様な人々が使える商品・サービスを開発する方法として注目されているインクルーシブデザイン。インクルーシブデザインの考え方や手法、ユニバーサルデザインとの違いは? インクルーシブデザインによってどんな商品が生まれているのか?
インクルーシブデザインとは?
インクルーシブデザインとは、従来、顧客対象から置き去りにされがちだった人々、例えば、高齢である、障害がある、その地の言語を母語としないといった人たちと一緒に、商品やサービスのデザインプロセスの上流から開発を進める手法です。 「インクルーシブ(inclusive)」は「すべてを包んだ、包含的な」という意味の英語。これまでつくられてきたモノやサービスの多くは、大量の販売・利用を目指すがために、上述したような人々が、顧客対象から置き去りにされがちでした。インクルーシブデザインは、これらの人々も含めて、より多様な人々を包含する商品・サービスをめざします。 この言葉と考え方を提唱したイギリスのロイヤルカレッジ・オブ・アート、ロジャー・コールマン教授は、「できるだけ多くのユーザーを包含し、かつ、利益や顧客満足などのビジネス目標に対して有効なデザインをめざす」考え方であると説明しています。
ユニバーサルデザインとの違いは?
似た考え方に「ユニバーサルデザイン」があります。 ユニバーサルデザインは、製品や建物、環境などを、すべての人にとってできる限り利用可能であるようにデザインするという考え方です。1997年に、アメリカの建築家で車椅子を利用していたロン・メイス氏がこの考え方と言葉、そして、ユニバーサルデザインの指針として次の7つの原則を提唱し、世界に広がっていきました。 原則1:誰にでも公平に利用できること 原則2:使う上で自由度が高いこと 原則3:使い方が簡単ですぐわかること 原則4:必要な情報がすぐに理解できること 原則5:うっかりミスや危険につながらないデザインであること 原則6:無理な姿勢をとることなく、少ない力でも楽に使用できること 原則7:使いやすい十分な大きさと空間を確保すること ユニバーサルデザインも、インクルーシブデザインも、デザインは、あらゆる人々を包含するためのツールであって、排除するものであってはならないという、目標とするところは同じです。その目標へのアプローチ方法として、ユニバーサルデザインは、7原則にのっとって、とりわけ機能面においてできるだけ多くの人が利用できることを重視しています。 一方、インクルーシブデザインは、デザインプロセスの初期段階から従来なら除外されていた人々と一緒に取り組むことや、機能面だけでなく心理的にも満足できるデザインをつくることなどを重視しています。なお、インクルーシブデザインにはユニバーサルデザインのような原則は設定されていません。 このように、両者は相反するものではなく、同じ目標に異なる方法でアプローチしています。インクルーシブデザインの手法を用いることで、ユニバーサルデザインを実現することも可能でしょう。
インクルーシブデザインの手法とその特徴
インクルーシブデザインは、先述したとおり、これまで除外されてきた多様な人々とデザインプロセスの初期段階から一緒に開発を進めることに大きな特徴があります。加えて、デザインプロセスにおいて目指す考え方や手法に、次の特徴もあります。 ●機能性の追求ばかりでユーザーの心が踊らないデザインではなく、心理的に満足できるデザインを追求する ●デザインによって生まれる排除を意識して、より多くの人が使いやすいデザインを考える ●個々人の中に潜在する経験の中から、複数の異なるユーザーを想定した本質的な課題を発見する これらを実践するための具体的なアプローチ方法として、『インクルーシブデザイン 社会の課題を解決する参加型デザイン』の編著者の1人、平井康之氏(九州大学大学院芸術工学研究院)は次の4つを挙げています。
1. ユーザーと共にデザインする
できるだけ最初の段階から、使用するユーザーとプロセスを共有しながら進めていく。現場を観察したり、ユーザーと交流したりしながら課題を発見し、デザイン提案の段階でもアイデアを共につくっていく。
2. 多様なユーザーと共に
多様なユーザーと共に発想することで、より多くの人が楽しむために考慮しなければならない点が明らかになる(※1)。そうではなく、平均的なユーザーのニーズをもとにデザインをすると、許容幅の狭いデザインになったり、多様なニーズを見過ごしてしまうことがある。 ※1:この点に関連して、インクルーシブデザインの提唱者・ロジャー・コールマン教授は、対象ユーザー分布カーブの両極に位置する人々を「クリティカル・ユーザー(重要なユーザー)」とし、そのニーズや能力、ライフスタイルを深く理解することがインクルーシブデザインを効果的に進めるのに重要と述べています。
3. ブルースカイで発想する
ブルースカイとは、制約条件を設けずに「こんなものがあったらいいな」を考え、そこから「現実にはどう解決するか」に戻る発想法のこと。まったく制約条件のない「青天井」の状態を想定して発想することで、目先の解決策ではなく、本質的な課題発見と解決につながりやすい。
4.クイック&ダーティでつくりながら考える
クイック&ダーティとは、手近にある材料ですばやく(クイック)、ラフ(ダーティ)につくりながら考えること。これにより、早い段階からイメージを共有することができるとともに、さらに多くの回数を重ねることで、チームワーク型の継続的な改良が期待できる。
インクルーシブデザインの例
インクルーシブデザインの手法を用いて開発された製品やサービスには、次のようなものがあります(開発プロセスの一部にこの手法が取り入れられたケースも含む)。
マイクロソフト「Xbox Adaptive Controller」
日本では2020年に販売開始となった「Xbox Adaptive Controller」は、通常のコントローラー操作に制限があるゲームプレイヤーがプレイ環境を整えられるようにする製品。一人ひとりが自分に合うコントローラーを設定するためのハブとして、外部ボタン、スイッチ、マウント、ジョイスティックなどの補助デバイスを接続し、好みの環境にカスタマイズすることができます。 開発に際しては、初期段階から障害のある人びとの支援団体など複数の外部組織と連携し、試作・検討が重ねられました。
モリサワ「UDデジタル教科書体」
UDデジタル教科書体は、学習指導要領に準拠し、書き方の方向や点・ハライの形状を保ちながらも、太さの強弱を抑え、ロービジョン(弱視)、ディスレクシア(読み書き障害)に配慮したデザインの書体。2016年にリリースされ、デジタル・紙の教科書や各種学習アプリ・教材などに採用されています。 ロービジョンの子どもたちの学習に適した書体がないという視覚支援学校の声を受け、生徒や教員などの協力を得ながら開発されました。開発中の調査でディスクレシアの子どもにとっても読みやすい書体であることもわかっています。
花王「アタックZERO」の容器
2019年に発売された「アタックZERO」の容器は、視覚障害者や手に軽度のまひがある人、高齢者などの協力を得て開発されました。とくに1回のプッシュで5gを計量できる「ワンハンドプッシュ」は、子どもを抱えた保護者や握力の弱くなった高齢者、子どもでも楽に使え、計量に慣れていない人や視覚に障害もある人も直感的に計量できるようにという考えで設計されています。
セブン銀行ATM
セブン銀行は、すべてのATMにおいて備え付けのインターホンから流れる音声案内にそってインターホンのボタン操作をすることで、各種取引ができる「音声ガイダンスサービス」を提供しています。この機能は、視覚障害者にインタビューや使用感の確認を行いながら開発され、08年から提供されています。
ユニクロ「前あきインナー」
ユニクロが2020年に販売開始した「前あきインナー」は、服を上から脱ぎ着しづらい人のために開発された肌着で、ウィメンズ、メンズ、キッズなどで展開されています。腕が上がりにくい、入院や通院をしている、乳がん手術後である、障害がある、高齢であるといった人へのヒアリングや試作品の検証などを重ねて開発されました。
教育の場でも求められている「インクルーシブ教育」
教育の場においても、インクルーシブであることが求められています。2006年に国連総会で「障害者の権利に関する条約」が採択され、「障害のある者が、その能力等を最大限に発達させ、自由な社会に効果的に参加する目的の下で、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組み」を「インクルーシブ教育システム」とし、日本を含めた条約批准国はこの仕組みを構築することが求められています。具体的には、障害のある人が一般的な教育制度から排除されないことや、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供されることなどが必要だとされています。